京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』
(2003-08-13)
あの「夏」からちょうど1年後の夏、小説家関口は探偵榎木津のお供として、白樺湖畔の壮大な洋館に招かれたが、そこは「鳥の城」と呼ばれ、当主の新婦が殺されるという……(以下ネタバレ注意)。
探偵小説はなぜ「殺人」を特別なものとして扱うのか、という問いが出てくる。この世にすでにいない被害者に代わり、誰が、どうやって、なぜ殺したのかを、痕跡さがしと緻密な推理で追及していく探偵が登場する小説形式は、近代という「大量死」の時代にあって、「自己の死の特権化の夢想」を満たすものとして成立している、というのが笠井潔の論であり、[笠井潔『哲学者の密室』(https://amzn.to/2WZU7qp)や中井英夫『虚無への供物』は、そのことを暴くために書かれた探偵小説だった。
京極夏彦は、そもそも「殺人」とは、「死」とはこういうことだ、という「世間」の常識からズレた読書空間のなかで生まれ育った特異なキャラクターを登場させることで、現代において探偵小説はなぜ「殺人」を中心に書かれ、またそれが好んで読まれるのか、という問題に、別の角度から答え、また探偵小説をすくいあげようとしているように思う。その、探偵小説がわからない、儒教の家族倫理を奉じる人物が、孤立した読書空間のなかでとんでもない勘違いをしてしまう、というのがとくに示唆的だ。(つづく?)
タグ: 書評
タグ 書評 を含む記事
- チャペック『園芸家12ヵ月』 (2020-05-12)
- 速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』 (2020-04-22)
- 岩井洋『大学論の誤解と幻想』 (2020-03-31)
- 関口涼子『カタストロフ前夜』 (2020-03-24)
- メイヤロフ『ケアの本質』 (2020-03-06)
- 武田徹『「隔離」という病い―近代日本の医療空間』 (2020-02-23)
- スーザン・サザード『ナガサキ』 (2019-08-17)
- 山尾三省『新版 野の道―宮沢賢治という夢を歩く』 (2019-01-24)
- 園山俊二 (2018-10-28)
- ヴァージニア・ウルフの言葉「未来は暗い」 (2018-09-12)
- ゴウリ・ヴィシュワナータン『異議申し立てとしての宗教』 (2018-08-02)
- 保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー』 (2018-07-13)
- 鈴木岩弓・磯前順一・佐藤弘夫編『〈死者/生者〉論-傾聴・鎮魂・翻訳-』 (2018-03-17)
- 廣重剛史『意味としての自然』 (2018-03-17)
- ディック・パウンテン、デイヴィッド・ロビンズ『クール・ルールズ』 (2018-03-07)
- 山内明美『こども東北学』 (2017-06-21)
- 自由 (2017-03-21)
- 小笠原博毅・山本敦久編『反東京オリンピック宣言』 (2016-09-05)
- 渥美公秀『災害ボランティア―新しい社会へのグループ・ダイナミックス』再読 (2016-06-17)
- ジャック・ランシエール『無知な教師 知性の解放について』 (2016-04-16)
- 『宗教と現代がわかる本2008』再読 (2015-11-18)
- 白波瀬達也『宗教の社会貢献を問い直す-ホームレス支援の現場から』 (2015-04-15)
- 本吉太々法印神楽保存会『本吉太々法印神楽』 (2014-11-04)
- 『新明解国語辞典』と宗教 (2012-02-14)
- 新井大祐・大東敬明・森悟朗『言説・儀礼・参詣―〈場〉と〈いとなみ〉の神道研究』 (2009-04-08)
- 『宗教と現代がわかる本2009』 (2009-03-25)
- バラク・オバマ『合衆国再生』 (2008-11-16)
- 『現代宗教2008 特集 メディアが生み出す神々』 (2008-08-29)
- 『宗教と現代がわかる本2008』 (2008-03-21)
- 小池靖『テレビ霊能者を斬る』 (2008-02-07)
- 小池靖『セラピー文化の社会学』 (2007-09-03)
- 『願い・奉納物』 (2007-06-16)
- カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』 (2007-05-01)
- スタニスワフ・レム『大失敗』 (2007-04-26)
- 池田晶子『人生のほんとう』 (2007-03-18)
- 芳賀学・菊池裕生『仏のまなざし、読みかえられる自己』 (2007-01-22)
- パットナム『孤独なボウリング』 (2006-10-11)
- 永崎(編)・吉永・畔津『OpenOffice.orgで学ぶコンピュータリテラシー』 (2006-05-15)
- 『ディアスポラ』 (2006-03-12)
- 『みらいに架ける社会学』 (2006-03-08)
- サルト サムライ (2006-02-11)
- ソウヤーのネアンデルタール3部作を読み終える (2006-01-30)
- 井上順孝『神道入門』 (2006-01-17)
- Hybrids (2005-07-27)
- 藤岡大拙『出雲人』 (2005-02-06)
- 京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』 (2003-08-13)
Copyright © 2021 KUROSAKI Hiroyuki.
<noir (at) st.rim.or.jp>
<hkuro (at) kokugakuin.ac.jp>