小池靖『テレビ霊能者を斬る』

(2008-02-07)

小池靖『テレビ霊能者を斬る』ソフトバンク新書、2007年

昨年末に刊行されてすぐに読んだ本だが、ここへ来て細木数子が3月で2番組を降板することになった(スポニチAnnexニュース)り、江原啓之が放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会から厳しい批判意見を受けた(J-CASTニュース、委員会決定意見書)りと、年明けからあわただしい動きをみせている。そこで再読した。

江原啓之、細木数子の二大「テレビ霊能者」の活動・思想や人気の背景、1974年から現在に至る「テレビ霊能者」史を振り返りつつ、テレビというメディアと日本人の民衆的宗教性との親和性を考察し、またテレビ霊能者批判は何を問題にしているのかを分析している。コンパクトな新書ながら、深く考えさせられる。

私が特に興味を覚えたのは、第4章で触れられている江原啓之の反論に関するところだ。宗教を「文化」すなわち社会の中で真偽を問われない地位にあるものという伝統宗教側の見方に対して、あくまで「霊の存在」に根拠を置き、真偽性を追求する主張をしていることがとりあげられている。

このくだりを読んだとき、18年ぐらい前の大学院生時代にある外国人留学生とテレビのオカルト・超能力系番組について話したことを思い出した。真偽が怪しい内容の番組になぜこれだけ多くの視聴者がひきつけられるのか、なぜ日本ではこのような番組が堂々と作られているのか、という相手に対して私は、いやそれは真偽性とは別の次元で何か教訓的なメッセージを受け取ったり面白がったりしているだけなんだよ、というような意見を言ったような覚えがある。

しかし、そうした私のようなぬるい受け止め方と、発信している当事者との間には大きな断絶があるのかもしれない。私はここ数年ほとんどテレビを見ない(朝のニュース番組ぐらい)ので、細木、江原の影響力もまったく実感がわかないのだが、今回BPOが意見を出した事例などは、一歩間違えば藤田庄市氏の言う「スピリチュアル・アビューズ」(霊性虐待)を放送局が後押しするようなことになりかねなかったものだと思う。4月の番組改編以降どのような様相になるのか注目したい。

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