『ディアスポラ』
(2006-03-12)
グレッグ・イーガン『ディアスポラ』山岸真訳、早川書房 (2005/09/22)
この本も半年ぐらい本棚で眠っていたのをようやく読み終えた。
30世紀、人類の大半が精神をコンピュータ・ネットワークのなかに移していて、まだ地球上でふつうに暮らしている人は「肉体人」、精神はソフトウェアだが現実世界とかかわりをもつために機械の身体をもつ者は「グレイズナー」、ネットワーク上のソフトウェアとしてのみ存在する者は「市民」と呼ばれている。その「市民」の世界のなかで孤児として生まれた主人公ヤチマとその仲間たちが、(もともとは) 地球の危機を救うために宇宙へ旅に出る、というお話。
こう書いてしまうとなんとも単純だが、自分のおぼつかない科学知識ではとうてい理解できない叙述が続くため、読み進めるのがとても辛かった。それでも刺激的ではある。一つのクライマックスは第10章の「ワンの絨毯」で、ここで人類は初めて異星の生命体に出会うことになるのだが、その何とも皮肉な生態には面食らった。要するに、ごく単純な構造でありながら、その内部で地上のすべての生命活動を計算しているシミュレーション機械なのである。長い旅を続けてきてようやく出会った他者がこれかい……。しかし話はここで終わらず、この後さらに驚愕の展開が待っている。
Amazon.co.jp のカスタマ・レビューのなかで、edmeister さんという方が、次のように書いている。
<ディアスポラ>から脱落していった登場人物たちが、なぜそこで留まろうとしたのかを想像することもまた、宇宙と、それに対峙した人類の姿を感傷抜きで描き出してくれていて、興味が絶えません。
この意見に全く同感である。イノシロウという、伴宙太のような、あるいは福井晴敏の一連の小説に出てくる中年のおじさんのような登場人物がいるのだが、彼の出てくるくだりが最もエモーショナルで心揺さぶられる。しかしそこにとどまらないところにこの小説のすごさがある。
市民は地球を出発するときに自分のクローンを1000個作り、その後も旅の途中でクローンを作って行動を分岐したり、危険が予想される前などにスナップショットを残したりする。物語の最後のほうで、パオロという登場人物が、それぞれのバージョンの人生に思いをはせるシーンがあるのだが、ここも心を打つところだ。肉体につながれた私たちの人生は一回きりだが、その毎日を精いっぱい生きることがどれほど貴重なことか、思い知らされる。しかし、パオロの述懐はそれをさらに超えている (ように見える)。
映画でも小説でも、自分のスケールのなかで感動や教訓を得るのはわりと容易だ。そこから一歩先へ、奥へ進むことができる (かのように思わせてくれる) ところに、作品に出会うことの魅力があるのではないだろうか。
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