三陸海岸を訪ねる
(2011-05-02)
東日本大震災で津波被害にあった三陸海岸を、4月30日から5月2日にかけて訪ねた。その経緯から述べたい。
「日本発 共存社会モデル構築による世界貢献(共存学)」というプロジェクトが國學院大學研究開発推進機構で古沢広祐経済学部教授を代表者として進められており、私も微力ながら関わっている。今年(2011)の1月22日、共存学プロジェクト主催で「生命(いのち)と文化の多様性〜森・里・海の絆を結ぶ〜」と題する公開フォーラムが行われたが、その第2部「文化多様性が紡ぎ出す世界」で、畠山重篤氏(NPO法人森は海の恋人代表、京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授)が演壇に立たれた。畠山さんは、気仙沼でカキ養殖業を営みつつ、漁場の生態系をとりもどすため、気仙沼湾に注ぎ込む大川の上流にある室根山に広葉樹を植える運動、「森は海の恋人」運動を進めてこられた方である。フォーラムは成功裡に終わったが、残念なことに私自身は当日体調を崩して出席できなかった。
3月11日以後、「共存学」プロジェクトのメンバー間で、畠山さんやそのご家族の安否を心配するメールが交わされ、やがてご本人の無事と、ご母堂様を亡くされたことが確認された。共存学プロジェクトのメンバーであり、以前から畠山さんと交流のある茂木栄神道文化学部教授は、現地で供給が途絶えているというガソリンなどを車に積んでかけつけた。また、これからもカキ養殖を続ける、という畠山さんの力強いメッセージが、さまざまなマスメディアで報道されるようになっていった。
そんな中、NPO法人森は海の恋人、NPO法人ものづくり生命文明機構、国際日本文化研究センター安田喜憲研究室の共催で「東日本大震災:『森は海の恋人運動』を緊急支援する研究会」が、4月30日と5月1日、気仙沼市と一関市で行われるという情報が、古沢先生から回ってきた。私のようなものでも参加してよいだろうか、この時期に直接的な支援をすることもなく現地入りしてよいものだろうかとかなり迷ったのだが、現地の様子をこの目で見ておきたい、また被災地の再生・復興に向けての当事者、支援者をまじえた議論に参加したい、という思いが勝ち、参加を申し込むことにした。
それと前後して、茂木先生の発案により、やはり畠山さんと交流のある薗田稔先生(秩父神社宮司、京都大学名誉教授)、薗田建氏(秩父神社権禰宜)とともに、畠山さんほか被災地の方々への支援物資も携えて、5月2日まで三陸海岸の神社を可能なかぎり訪ねるというスケジュールが組まれ、こちらにも参加させていただくことにした。
4月30日の早朝、秩父神社を茂木先生が運転する車で出発し、東北自動車道を北上していくと、福島県に入ったあたりから「災害派遣」のプレートや横断幕をつけた自衛隊の車両が目立つようになっていった。自動車道をおりて東に向かうにつれ、地震で倒壊した建物がときおり目に入ったが、本吉町に入ったときに光景が一変した。津波被害に遭ったところは一面が瓦礫の山で、あとかたもない状態になっていた。気仙沼市街、そして唐桑半島に入っても同様で、リアス式海岸の複雑な地形にあわせて、隣接するところでも津波が到達したかしなかったかで雲泥の差を見せていた。ただ、これはすでに報じられていることでもあるが、住宅地では、瓦礫の一言では片付けられない、ひとの生活の跡が認められた。珠算コンクールの優勝トロフィー、写真、ぬいぐるみ、スリッパ…。捜索、撤去作業を進めている自衛隊員の方などが、あえて目につくように置き直しているようにも思え、そんなところにも救援活動に携わっている人たちの思いが推察された。
気仙沼市街を少し外れたところで合流した緊急支援研究会の参加者一行とともに、唐桑半島にあるカキ養殖場と畠山さんの自宅の様子を見学させていただいたのち、私たち一行は唐桑半島の突端に鎮座する御崎神社を訪れた。実は宮司さんの娘さんがかつて茂木先生の指導を受けた卒業生で、茂木先生は先にも訪ねて物資を届けていた。あらためて再会を喜んだ。
4月30日の夜に気仙沼で、そして5月1日の昼に一関市内に会場を移して行われた緊急支援研究会は、60名におよぶ多彩なメンバーが一堂に会し、畠山さんの再生に向けたメッセージと、安田喜憲教授の文明論的、長期的ビジョンを柱にして、漁業、ものづくり、歴史学、医療、法律、コミュニティ、まつり・民俗芸能などさまざまな立場から思いをもった人々による専門的知見にもとづく支援の取り組みを発表し討議するという圧倒的かつ密度の濃いものだった。この成果はいずれ目に見える形になってくるものと思う。個人的にもっとも印象に残ったのは、平川新東北大学教授による古文書の保全と写真記録に関する発題だった。人文学ならではの支援について大きな示唆を受けた。
5月1日の夕方、茂木先生、薗田稔先生・建氏、古沢先生と私は遠野市に入った。一見平穏そうだが、さながら後方支援基地のようで、自衛隊が運動公園に宿営し、温泉には各地から来たボランティアの人たちが集まっていた。
5月2日は朝から移動を開始し、事前に『神社新報』掲載情報や神社界の関係者の方からいただいた情報を参考にして、ふたたび三陸海岸を目ざした。はじめに訪れたのは大槌町に鎮座する小鎚神社であった。神道青年全国協議会メンバーが炊き出しなどの支援活動を行ったとうかがっていた。周囲一帯は津波被害に遭っており、また山火事が発生したためところどころ焼けた跡になっていたが、社殿は無事で、境内手前の集会所は「県立大槌病院仮設診療所」となっていた。その診療所に母親を連れてきた息子さんと、宮司さんのご家族の方に、震災当日から現在までの様子について少しお話をうかがうことができた。茂木先生の質問により、大槌町に伝承される民俗芸能の現状に関連することがらもうかがえた。
大槌町ではまた、大槌稲荷神社を訪ねた。高台にあり、参集殿に避難されている方たちがいた。この後沿岸を南下して行き、釜石市街の松原神社、八幡宮、唐丹の天照御祖神社、大船渡市の加茂神社を訪ねた。いずれも高台にあり、釜石の松原神社と大船渡の加茂神社は津波のさいの避難場所として指定されていた(加茂神社境内には大きな「津波警報塔」が立っている)。ただ、これらの神社では現地の方に直接お話をうかがうことはできなかった。
陸前高田まで南下した。そこは見渡すかぎり広大な瓦礫の地で、気仙川、矢作川をさかのぼった津波により、海の見えない地帯にまで被害が連なっていた。事前に得ていた情報から、月山神社を訪ねたかったが、残念ながら橋が通行止めになっていたため、あきらめて一関へと車を走らせた。
帰りの車中、自然と議論になった。この時期に直接的な支援をするでもなく現地を見て回ることが正しかったのかどうか、研究者は被災地支援にどうかかわるべきか、大学に戻って学生にこの状況をどう伝え、はたらきかけるべきか、災害に向き合っての神社神道ならではの思想、支援のあり方とはどのようなものか、など。ひとつの方向性が見えたようにも思えたが、いまはまだ結論めいたことを言うのは控えたい。
いずれにせよ感じたことは、この震災、津波被害からの復興、再生には息の長い、長期的な支援が必要であり、同時に我々がどういう復興、再生をめざすのかについて、過去の経験、知恵に根ざした議論を交わし、それをこれからの社会にしっかりと根づかせていくことが重要だということだった。今回は迷いながらの参加であったが、やはりあらゆる機会をとらえて柔軟に動きつつ、さまざまな連携の可能性を模索しながら、自分にできることをやっていきたい。
最後に、このたびの震災・津波で命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げ、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
(2011-06-17追記) 4月30日・5月1日の「沿岸漁業の再生:東日本大震災『森は海の恋人運動』を緊急支援する研究会」での緊急提言が、安田喜憲編『対論 文明の原理を問う』(麗澤大学出版会)の「あとがきに代えて」に掲載されている。
(2011-06-25追記) 平川新東北大学教授らによる、被災した歴史資料・文化財の保全活動は、NPO法人宮城歴史資料保全ネットワークのウェブサイトで見ることができる。
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