映画『先祖になる』

(2013-10-12)

今日は午前中にアートフォーラムあざみ野で『先祖になる』(池谷薫監督)を鑑賞。シアター・イメージフォーラムでの初日につづいて2度目。

震災1ヶ月後の気仙町の光景にはあらためて衝撃を受ける。2年7か月後の今、岩手県や宮城県の沿岸で、瓦礫がその当時のままという場所はほぼないのではと思う。

佐藤直志さんは、津波を2階までかぶった家に住み続け、町内会を解散して他の場所への移転を考える他の住民たちに対し、いったん離れたらもうバラバラになる、自分は来春にここに新しい家を建てるからそれを見てくれ、と訴える。そして区長の菅野剛さんの尽力により助成金を受け、津波で塩害に遭って廃材になりかけた杉を自ら切り倒して、実際に家を建てた。

なぜ生まれ育った場所を離れないのか、という問いへの答えが、この映画では、はっきりと示されている。自分がここで親から生を享け、その場所の恵みを得る技(農業と林業)を身につけ、その恵みと技を次の若い世代に伝えていくため。それは位牌や遺影が置かれた仏壇や、木を切り倒した後に行われる儀礼などにも表わされ、「先祖になる」という題にもそういう意味が込められている。上映後のトークショーで池谷監督はこのことを「信仰」と語っていた。

東日本大震災の被災地だけでなくどこでも、自分の居場所を考えるときに参考になる映画だと思う。

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